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社長コラム:PRESIDENT’S COLUMN

vol.031「努力、勉強」

「努力」
小学生の頃、大好きだった大沼先生がいつも教えてくれた言葉・・・ 努力・・・当時の自分にとっては本当に重苦しく、出来れば見ないで通り過ぎたい巨大な言葉であった。

「勉強」
まず、"自分の辞書"に勉強という単語は存在していなかった。学校の授業はまじめに聞いていたものの、それ以外の時間を割いて"勉強"する、という事実は僕の学生生活においてほぼ皆無であった。

そんな僕が、この二つの言葉の本当の意味、そして大切さをつい最近知った・・・と言いたいのだから、なんとも情けない。

努力=心を込めて事にあたること
勉強=学問や技芸を学ぶこと

そんな風に辞書には書いてある。でも、何のために?とは書いていない。そこが難しいところである。更に、先生や親から始終そんな言葉を投げかけられるモノだから、「自分はなんて不努力家なんだろう」であったり、「俺は本当に勉強が嫌いだなあ」と思ったりし、ついついこの二つの言葉を直視しないで育ってきてしまった。

小学生の頃に話を戻すと、その大沼先生の就任初日に、

「毎日、日記をつけるように!」

という指令が発せられた。当時の自分にとって、これは宿題でも勉強でもない。大好きな先生からの単なる"指令"である。宿題とは違い、"さぼったら、どうこう"という罰則は無いにも関らず、大好きな先生からの指令だけに、"先生に好かれたい"という健気一心で毎日必死に日記なるものをつけていた。先生も毎日、何らかのコメントを付けてくれて、それがやたらと楽しみで嬉しかったのを覚えている。

反面、宿題というのは、"ほぼ"やらなかった。夏休みの宿題は必ず9月に入ってから、追い詰められてから仕方なくやった。宿題は義務であり、忘れたら罰則がある・・・日記は指令であり、忘れても罰則があった訳でもない・・・そんな意味から自分はだらしの無い、努力をしない人間だと思っていた。"努力"を標榜している大沼先生からは、当然のように軽蔑されていると思っていた。

3学期の終わり、大沼先生が担任を外れることになった。小学五年生の春、悲しくて涙涙でボロボロに泣いたのを覚えている。大沼先生の最後の言葉の一節・・・

「皆に一つ、言いたいことがある。初めて皆の前にこうして立った時、言ったことがあるよな、日記を毎日書け、と。最後まで一日も休まずに書いたヤツが二人いる。安田と臼井だ。皆、この二人の努力に拍手してくれ。」

正直、びっくりした。実際、日記を休んだことは度々あったと思う。そして、宿題をさぼってばかりいた自分は先生の大好きな努力とは無縁のはずである。ただただ、先生に好かれたくて、日記をはじめ、先生のコメントが嬉しくて続けていただけだ。でも、それも"努力"のひとつなのかぁ・・・と朧気ながら、初めて"自分が努力している"と他人から評された事に照れくささを感じたのを覚えている。宿題に関して、自分のだらしなさを嫌というほど実感していた僕、とても"努力"という言葉を自分の物として丸呑みできなかった点が、照れくささに拍車をかけた。

中卒で、船大工の跡継ぎだった親父、職人である。お袋、和菓子職人の4人姉妹の3女・・・二人とも物心付く頃から、放課後は家業の手伝いをして育った。当然、僕に「勉強しろ!」とはあまり言わない。「いい学校に入りなさい」など聞いたことがない。その代わり「家の仕事を手伝いなさい」と、何故か「読書をしなさい」の二つだけきつく言われて育った。

毎月決められたお小遣いの中、読書費用だけは「青天井」であった。
初めて読んだ本・・・記憶が正しければ、確か一つ上の姉に母が買った「ヘレンケラー」の自叙伝だったと思う。それが面白くて、いくつかの自叙伝を続けざまに買ってもらった。宮本武蔵、本田宗一郎、キュリー夫人、ライト兄弟、ベーブルースなどなど。

小学3年生くらいになると、図書室、というのに行くようになった。読んだのはSF物。題名は忘れてしまったが、SFっぽい物は全部読んだ気がする。全部といっても恐らく10冊程度、それ以外の書物も手に取ってみたが、面白くなくて完読できなかったと記憶している。

そんな風に、日記を書いたり、読書をしたりしているうちに、活字に対する恐怖心が自然と無くなり、反対に興味を覚え・・・小学6年生の時に吉川英治の「三国志」と運命的な出会いを遂げる。とにかく衝撃的に面白かった。きっかけは、マンガである。本屋さんのマンガコーナーの一番上で、当時は「こち亀」以上の巻数を誇り、どこの本屋さんでもその威風堂々たる存在感に少しばかり興味をそそられていた。そして"どうせなら、小説を読んでみよう"と思った。

仁、徳、智、義、礼などの意味やニュアンス、そして欲望、野望と「志」の関係・・・男同士の血で血を洗う戦国時代に、煮詰められた人としての生きる意味など、など"三国志ワールド"に完全にはまり込んでしまった。 中でも、最も影響を受けた言葉の一つ

「我が大志は小箱にあらず、大地にあり」

これは、呉の国を建国した孫権の兄、志半ばで非業の死を遂げた孫策の言葉である。実際は吉川英治の創作かも知れないこのシンプルな言葉が、今でも自分の心の迷いを綺麗に整理してくれる。小箱とは、孫家が大事に保持していた伝国の玉璽のこと。玉璽とは中国の皇帝を意味する印鑑で、孫家が偶然手に入れた宝物であった。孫策は親から預かったこの玉璽と引き換えに、当時の強力な武将・袁術より兵隊を借りる。孫策の側近から「孫家の宝物であるこの玉璽をなぜ手放すのか。先祖様を裏切るのですか?!」という諌言に対し、孫策は毅然と「我が大志は小箱にあらず、大地にあり!」と言ってのけた。・・・結果、袁術は滅び、孫策はその意志を継いだ弟の孫権が呉国を建国する。

実際、孫策自体、三国志でも主要な役割でもないし、このセリフが名言として語り継がれている訳でもない。でも、とにかくこのセリフが頭に焼き付いて離れない。

人間、自分の欲望や受け継がれている伝統、あるいは"持っている特権"に固着したり流されたりしてしまう。でも、「本当に大事なものは"大地"・・・つまりは自分自身の行動にある」、というのが僕流の解釈である。カッコいい。実際に、孫策に身を代えて考えてみると、なお更身震いするほどカッコいいのだ。
それから数年後。

読書も続け、日記も自分のために書き続け、大学生となった。アメフト部に入部し、大学へは最低限の出席と最低限の成績・・・とにかくアメフト漬けの日々を送った。読書や日記を続けたのは、恐らく楽しかったからであろうか。1年生から同級生の中心として活動する時に、皆をまとめるにはそれなりの事を言わねばならない。そして、2年生から"戦略"を担当した立場として、自分の戦略の妥当性を説明するにはそれなりの文章力、表現力が必要であった。同時に、多感な青春時代でもある。思い、悩み、苦しみ、そんな物を日記にしたためて、その日その日を乗り越えていったと記憶している。ただ単に悩むより、書き記すことで、気持ちが楽になる、つまり具体的な懺悔・・・何への懺悔かは分からないが、読み返してみると日々の自分への叱咤激励ばかり、やっぱり懺悔しているようで、それがまた自分の精神状態を良好に保たせてくれたように思う。

4年生になり、立場として人々を引っ張って行かなくてはならないキャプテンという"具体的"な立場となり、自分の言葉の説得力に些かの疑問を感じ始めた。指導と称するものの、ついつい説明が長くなり、言い訳がましくなってしまう傾向を感じていた。そんな折、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」という番組に偶然遭遇した。今でも放映さている番組であるが、恥ずかしげも無く取り乱す人々、白熱する議論、頭の良いとされる人々の興奮状態を目の当たりにして、かなりの衝撃を覚えた。同時に、最も信頼の置ける人、つまりは説得力のある人の特徴を微妙に感じられた。その一つは語彙である。難しい言葉を巧みに操る事は明確に説得力に直結する、と感じた。

語彙は単なる語彙にとどまらず、語彙を知る経緯から語彙を使いこなすようになるまで、その背景には数倍の時間と熟成が込められている。つまり、語彙の裏には相当量の勉強や学習が潜んでいると感じた。「朝まで生テレビ」を観たその日以来、枕元に広辞苑を置いた。そして分からない言葉、知りたい言葉の意味を引き、出来るだけそれを使うように心がけた。部員はともかく、40歳から50歳の監督、コーチ、OBの方々と対等に話をするのに、語彙が強力な武器となったのは事実である。

卒業後、商社に入り、同じような塩梅で英語を勉強した。「英語くらいしゃべれなくて、これから始まる国際社会で通用しないぜ」と得意気に言う同期や先輩の言葉に素直に「うん、うん、まさにその通りだ」と、心の底からうなずいた。とは言うものの、机に座って数時間、という勉強はおろか、夏休みの宿題も出来なかった自分である。普通の勉強などできるはずは無い。とにかく、電車の行き帰り、友達に薦められた「ヒアリングマラソン」を聞き続け、財布に単語帳をいれ、便所に単語表を張り、等など工夫・・・というか友達の猿真似を"そのまま"した。入社時のテストでは202人中、201番だった英語、1年で4、50番目くらいに入ることができ、"海外駐在可能"のお墨付きをもらえるレベルになった。この時の英語習得無しに、現在のUAとの関係、あるいは今のドーム自体が有り得ない事を考えると、英語の大切さを教えてくれた友達にはただただ感謝の気持ちである。

読書や日記や語彙、英語・・・ どれも努力?勉強?
僕のイメージは、と言えば今でも「努力」とは"血のにじむような努力"であり、「勉強」とは"机に座ってねじり鉢巻"、そんな意味では自分はやっぱり努力家や勉強家とは程遠いのである。

最近のベストセラー「国家の品格」の一節。
「真のエリートには二つの条件がある。
一つは文学、哲学、歴史、芸術、科学、など何も役に立たないような教養をたっぷり身に付けること。その教養を背景に、庶民とは比較にならない圧倒的な大局観や総合判断力を持っていること。
第二に、いざとなれば「国家」「国民」のため、命を投げ出す気概があること。」

ソクラテスは「自分は"知らない"ことを知っている。自分は知っている、と思い込んでいる人よりもマシである」、即ち、無知の知を説いた。
孔子は「知らざるを知らずと為せ。これ知るなり」と弟子たちに教えた。

知ったかぶり・・・は何よりも悪い。知らないことを知らないと自然に受け入れられること。そしてそれを学ぼうとする意欲と実践の繰り返し・・・

努力、勉強・・・

うーん、やっぱり堅苦しく、難しい。
出来るだけがっぷり四つには取り組みたくない言葉です。でも、言いたい事・・・大好きな先生に気に入ってもらいたかったから日記を書き、親の勧めに従って読書をし、知らない言葉に出くわした時に調べ物をし、友人の教えに感心して英語習得の工夫をした・・・そんな素朴な行動が、実際は"難しい"と思われる努力や勉強、といっても良いのでは??と感じ始めた、ということ。知らず知らずに、身に付いている知識やスキル・・・環境がそれを与えてくれたという事です。同時に、素直な気持ちさえあれば、誰の周りにもそんなヒントが転がっているのではないか?とも思っています。親の教え、先輩、上司からの指導、お取引先様からの一言、電車の中吊り、スポーツ選手のインタビュー、ドキュメンタリー番組、映画etc.etc. 努力や勉強のヒントはそこら中に散らばっています。

実際、一人の人間として"小箱"に執着してしまう事もあります。自分が偉くなってしまったように錯覚してしまうこともあります。何を学んでいいのか、分からなくなってしまうことも、自分が知った気になっていることもあります。

「努力」、「勉強」に形はないと思います。素直な心の上に立てば、色々な人が、それぞれの方法に導いてくれるではないでしょうか。

「努力」、「勉強」の結果が出たら、ちょっぴり嬉しいものです。その結果を素直に受け止めたいものです。
「努力」、「勉強」をしていれば、道を誤ることはないと思います。知ることの大切さを知れば自然に謙虚になれることでしょう。

牙城を守れ!

自らの牙城を守るべく、日々精進。
己以外皆我恩師。
心を広く広く。志を高く高く。

無限に広がるこの広大な大地を、今日も元気一杯駆けめぐりたいと思います!

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